東京高等裁判所 平成元年(行ケ)141号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。
1 成立に争いない甲第二号証(願書添付の明細書)、第三号証(昭和五三年六月五日付け手続補正書)、第四号証(昭和五六年一〇月二日付け手続補正書)、第五号証(昭和五七年四月一四日付け手続補正書)及び第六号証(昭和六三年九月二六日付け手続補正書)によれば、本願発明は左記のような技術的課題(目的)、構成及び作用効果を有するものと認められる。
(一) 技術的課題(目的)
本願発明は、イオウ含有炭化水素供給原料との使用に適し、再生器煙突ガスへのイオウ酸化物の排出の著しい減少を特徴とする、循環流動式接触分解法に関する(明細書第九頁第二行ないし第六行)。
反応帯における炭化水素の分解中にコークスと称される炭素質沈積物の沈着により不活性となつた分解触媒は、反応帯から連続的に引き出されてストリツピング帯に送られ、ストリツピング帯においてストリツプ可能な炭素質沈積物が触媒からストリツプされた後、再生帯に送られ、再生帯において酸素含有ガス中でコークスを燃焼することによりストリツプ不能な炭素質沈積物を除去することによつて活性が回復され、サイクルを繰り返すために反応器に連続的に戻される(同第九頁第七行ないし第一九行)。
しかしながら、高イオウ供給原料(すなわち、有機イオウ化合物を含有する石油炭水素留分)を流動式接触分解装置に装入した場合は、触媒上に沈着するコークスがイオウを含有するので、触媒の再生においてコークスを燃焼すると、イオウは二酸化イオウあるいは三酸化イオウに変換されて、再生帯煙道ガスに含まれて流出することになる(イオウ酸化物の排出は、しばしば約一二〇〇ppmに達する。同第一〇頁第八行ないし第一七行)。
このように石油分解装置からのイオウ酸化物の排出を減少させる方法としては、触媒の活性、安定性及び耐磨耗性を保ちながらイオウ酸化物の排出を最少にするように変形された分解触媒の使用が極めて望ましい(同第一一頁第九行ないし第一五行、第一六頁第一二行ないし第一八行)。
煙道ガスを処理する種々の方法が創案されているが、イオウ酸化物の除去のためのすべての方法は、拡大された、かつ高価な補助装置を必要とする(同第一三頁第一二行ないし第一七行)。
本願発明は、従来技術の右のような問題点の解決を技術的課題とする。
(二) 構成
右技術的課題を解決するために、本願発明はその要旨とする構成を採用したものである(昭和五七年四月一四日付け手続補正書第六丁第二行ないし第八丁第一七行)。
金属を分解触媒として使用することは一般に避けられているが(明細書第一一頁第一六行)、オランダ特許出願第七四一二四二三号発明は、特定の金属を特定の割合で含有する分解触媒が煙道ガス中の一酸化炭素含量を著しく減少させることを開示した(同第一三頁第一行ないし第八行、昭和五六年一〇月二日付け手続補正書第六丁第一九行及び第二〇行)。
金属反応体は、分子ふるい型分解触媒、無定形分解触媒あるいは実質上不活性の固体に配合し得るし、特定の材料が分解工程サイクルへ導入される前又は後のいずれの段階においても配合し得るが、酸化イオウが金属反応体と反応して安定な金属―及びイオウ―含有化合物が形成され、イオウ含有ガスが引き出されるような条件が、この分解工程サイクルに使用される(明細書第一六頁第四行ないし第一一行、第一九頁第九行ないし第一二行)。
減少したイオウ酸化物の排出のために有効な金属反応体を分解工程サイクルに導入すること、そして、金属反応体は、分解触媒の製造中に分子ふるい型分解触媒に配合するよりも、むしろ、固体粒子にその場で配合することによつて、特徴が更に容易に得られる(同第一七頁第九行ないし第一四行、昭和五七年四月一四日付け手続補正書第二丁第三行)。
金属反応体の金属元素、又は元素(複数)の酸化物、又は酸化物(複数)が、再生帯中の酸化イオウの吸収の主たる原因と考えられるが、本願発明の実施に当たつては、一つ又はそれ以上の適当な金属元素が、金属反応体として選択され工程サイクルに導入されることで十分である(明細書第二一頁第一五行ないし第二二頁第三行)。
金属反応体は、イオウ含有炭素沈積物の燃焼により生じたイオウ酸化物の大部分を吸収するに十分な平均量で、再生帯に存在する(同第二二頁第一二行ないし第一五行)。
金属反応体の固体粒子は、再生帯中においてイオウ酸化物を吸収し、金属―及びイオウ―含有化合物(特に、金属硫酸塩)を形成するが、この金属―及びイオウ―含有化合物が再生帯の操業条件において安定である場合は、イオウ含有ガス(特に、硫化水素)として減少され、分離される(同第二六頁第二〇行ないし第二七頁第一三行)。すなわち、分子ふるいはイオウ酸化物を吸収し、固体粒子の他の成分もイオウ酸化物を吸収するが、生成する三酸化イオウは、次に適当な金属(又は/特に、金属反応体中の金属の酸化物)と反応して、固体粒子中に安定な金属硫酸塩を形成し、固体粒子が再生帯煙道ガスから分離されるときには、固体粒子中の金属硫酸塩は反応帯へ循環されるので、イオウ再生帯煙道ガス中にガス状イオウ酸化物として排出されない。硫酸塩は、分解反応帯へ送られるにつれて固体粒子上にとどまり、還元雰囲気中において金属反応体の金属の硫化物及び硫化水素に変換され、ストリツピング帯において蒸気含有ストリツピングガスによりストリツプすると、イオウは硫化水素に変換されてストリツピング帯流出流として流出し(これによつて金属反応体は再生され、再び、イオウ酸化物との反応に利用できる。)、硫化水素はストリツピング帯からの分解生成物により回収されて分離され、従来の装置によつて元素状イオウに変換されるのである(同第三八頁第九行ないし第三九頁第一一行)。
(三) 作用効果
分解触媒の製造中に分子ふるい型分解触媒を複合体化するよりも、分解工程プロセスに金属反応体を装入する方が、再生帯煙道ガスのイオウ酸化物排出に、より大きな減少を生ずる。また、分解工程サイクルに金属反応体を添加することは、金属反応体の速度及び/又は量を変えることができるので、分解反応に関する金属反応体の潜在的有害効果を超えてかなりの程度の調整が維持され、有用である。さらに、あらかじめ複合された金属反応体は分解触媒の磨耗によつて失われてしまうが、分解工程サイクルに金属反応体を添加しその場で固体粒子に配合するならば、分解触媒の外面又は接近し得る部分に、所望量の金属反応体を保持することが可能である(同第一七頁第一四行ないし第一八頁第四行、昭和六三年九月二六日付け手続補正書第二丁第一行ないし第七行)。
生じたイオウ酸化物の少なくとも約五〇%(望ましくは、八〇%以上)が金属反応体により吸収される結果として、再生帯流出ガス中のイオウ酸化物の濃度は、容積で約六〇〇~一〇〇〇ppm以下(最も望ましくは、四〇〇ppm以下)に保たれる(明細書第二二頁第一五行ないし第二三頁第二行)。
2 一方、引用例に審決認定の技術的事項が記載されており、本願発明と引用例記載の発明が審決認定の二点において相違することは、原告も認めて争わないところである。
3 相違点<1>の判断について
原告の「本願発明は、金属反応体を随時、必要量導入すること、すなわち、分解触媒と金属反応体を別個独立に導入することを技術的思想の核心とするが、引用例記載の発明はこれと技術的事項を大きく異にする」との主張に対し、被告は「本願明細書は原告が主張するような事項を開示していない」と主張する。
しかしながら、前記のとおり、本願発明は、分解触媒に対する金属反応体の添加態様が「α 分子ふるい型分解触媒以外の流動可能な金属反応体含有粒子を添加して(中略)粒子の混合物を形成させるか、又は、β 金属反応体の溶液又は分散液を添加すること、によつて添加」するものであるべきことを要旨とし、明細書の発明の詳細な説明において、金属反応体は分解工程サイクルのいずれの段階においても配合し得ること(明細書第一六頁第四行ないし第七行)、金属反応体は固体粒子にその場で配合することによつて更に容易に特徴が得られること、分解触媒の製造中にこれを複合体化するよりも分解工程プロセスに金属反応体を装入する方が、イオウ酸化物の排出をより大きく減少すること、分解工程サイクルに金属反応体を添加することによつて、金属反応体の速度及び/又は量を変えることができ、かなりの程度の調整が維持されること、分解工程サイクルに金属反応体を添加しその場で固体粒子に配合すれば、分解触媒の外面又は接近し得る部分に所望量の金属反応体を保持することが可能であること(同第一七頁第一〇行ないし第一八頁第六行、昭和六三年九月二六日付け手続補正書第二丁第四行ないし第七行)、本願発明の実施に当たつては適当な金属元素が選択され工程サイクルに導入されることで十分であること(明細書第二二頁第一行ないし第三行)が記載されているのであるから、本願明細書には、「金属反応体を随時、必要量導入する、すなわち、分解触媒と金属反応体を別個独立に導入する」との技術的事項が、十分に開示されているというべきである。
しかるに、引用例記載の発明がそのような技術的事項を含むものでないことは明らかである。すなわち、成立に争いない甲第七号証によれば、引用例第三欄第三六行以下には、
再生帯において
Mgo+SO2+1/2O2=MgSO4
反応帯において
MgSO4+4H2=MgS+4H2O=MgO+H2S=3H2O
ストリツピング帯において
MgS+H2O=MgO+H2S
の反応を生ずることが記載されていると認められるので、引用例記載の発明においても、原告が本願発明の金属反応体のサイクルとして主張する
a 二酸化イオウが金属反応体に吸収されて亜硫酸塩あるいは硫酸塩が生成し、これらが反応帯及びストリツピング帯に運ばれ、
b 反応帯及びストリツピング帯において、亜硫酸塩あるいは硫酸塩が硫化水素等の揮発性成分に変換されることにより、金属反応体が再び二酸化イオウを吸収し得るような活性な形に変換される
とのサイクルが形成されるものと認められる。しかしながら、前掲甲第七号証によれば、引用例第三欄第五七行及び第五八行には「これらの反応は、分解触媒に担持された含浸金属酸化物の作用によつて可能となる」と記載されていることが認められるから、引用例には、前記のサイクルが分解触媒に含浸され分解触媒に担持された金属酸化物によつてのみ可能であることが開示されているといわざるを得ない。それゆえ、引用例の記載からは、分解触媒に含浸されず、したがつて分解触媒に担持されない金属酸化物によつても前記サイクルを形成することが可能であるか否かの問題意識を全くうかがうことができないのである。
右のとおり、引用例記載の発明は本願発明が技術的思想の核心とする技術的事項を含んでおらず、かつ、右技術的事項によつて奏される作用効果に見るべきものがあることは後記4のとおりであるから、「金属反応体を分子ふるい型分解触媒と共存させるか、金属反応体によつて被覆した分子ふるい型分解触媒を使用するかは、当業者ならば適宜に選択し得た事項」とした審決の判断は、本願発明が創案した構成の技術的意義を十分に斟酌していないものであつて、誤りである。
4 本願発明が奏する作用効果について
本願明細書が、本願発明が奏する作用効果として、イオウ酸化物の排出をより大きく減少し、金属反応体の速度及び/又は量を変えてかなりの程度の調整を維持し、かつ、分解触媒の外面又は接近し得る部分に所望量の金属反応体を保持することを挙げていることは、前記のとおりである。そして、これらの作用効果が、「金属反応体を随時、必要量導入する、すなわち、分解触媒と金属反応体を別個独立に導入する」との技術的事項によつて奏されるものであり、そのような技術的事項を含まない引用例記載の発明の構成によつては奏し得ないことは、技術的に自明の事項と考えられる。
この点について、審決は、「本願明細書第七二頁の第1表には相違点<1>に係る構成上の相違に基づく作用効果の相違は示されていない」と説示し、被告も「本願明細書は、本願発明が奏する作用効果の顕著性を、引用例記載の発明が奏する作用効果との比較データをもつて明らかにしていない」と主張する。しかしながら、出願に係る発明が奏する作用効果の顕著性は、明細書に引用した従来例が奏する作用効果との比較データをもつて明らかにしなければ肯認し得ないものではないから、右審決の説示及び被告の主張は合理的根拠を欠くものといわざるを得ない。
したがつて、審決には、本願発明が奏する作用効果の顕著性を看過した誤りがある。
5 以上のとおりであるから、原告が審決の取消事由として主張するところはいずれも理由があり、審決は違法なものとして取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
有機イオウ化合物として約〇・二~約六重量%のイオウを含む供給原料を、分子ふるい型分解触媒の流動粒子を有する反応帯で分解にかけ、
イオウ含有炭素質沈澱物により不活性化された触媒粒子を、反応帯流出物から分離してストリツピング帯へ移し、ここで、揮発性沈澱物をストリツピングガスとの接触によつて前記不活性化触媒から除去し、
ストリツプされた触媒粒子を、ストリツピング帯流出物から分離して再生帯へ移し、酸素含有ガスで、触媒粒子からストリツプ不能のイオウ含有炭素沈澱物を燃焼することによつて再生し、そして、
再生された触媒粒子を、再生帯流出物から分離して反応帯へ再循環させる、
有機イオウ化合物として約〇・二~約六重量%のイオウを含有する炭化水素供給原料の循環流動式接触分解法において、
a 流動式接触分解工程中、前記分解触媒へ、金属反応体を、
α 前記分子ふるい型分解触媒以外の流動可能な金属反応体含有粒子を添加して、約一〇~九九・九九七五重量%の分子ふるい型分解触媒を含有する粒子の混合物を形成させるか、又は
β 該金属反応体の溶液又は分散液を添加することによつて添加し、
しかも、該金属反応体がマグネシウム、カルシウム、ストロンチウム及びバリウムから成る群から選択された少なくとも一種類の遊離又は化合した金属元素から成り、しかも、添加された金属反応体の量が、再生帯中でイオウ含有炭素質沈澱物の前記の燃焼により生じたイオウ酸化物の少なくとも約五〇%の吸収を行うに十分であり、
b 約八五〇~約一二〇〇°Fの温度で、前記供給原料を分解し、
c 約八五〇~約一二〇〇°Fの温度で蒸気を含有するストリツピングガスで、反応帯から分離された触媒と金属反応体との組合わせ物から揮発性沈澱物をストリツプし、しかも前記の分解触媒に対する蒸気の重量比が約〇・〇〇〇五~約〇・〇二五であり、
d 約一〇五〇~約一四五〇°Fの温度で前記の粒子のストリツプされた触媒・金属反応体組合わせ物を再生し、
e 再生帯中でイオウ含有炭素質沈澱物の前記の燃焼により生じたイオウ酸化物の少なくとも約五〇%を、前記触媒・金属反応体組合わせ物に吸収させ、
f 再生帯から反応帯へ、前記の吸収されたイオウ酸化物を含有する触媒・金属反応体組合わせ物を移し、
g 分子状酸素を含有し、かつ低濃度のイオウ酸化物を有する流出ガス流を、再生帯から引き出し、そして、
h 反応帯及び(又は)ストリツピング帯から、イオウ含有ガスとして、前記の吸収されたイオウ酸化物を実質的に引き出す
諸工程から成る、再生帯流出ガス流にイオウ酸化物の排出を減少させる方法